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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

上野優子と佐藤祐介の待ちに待ったピアノリサイタル〜バロックから同時代まで

更新日:2021年3月15日


2リサイタルの間には「ワルキューレ」全曲

中堅の上野優子と新進の佐藤祐介。2人のピアニストがそれぞれコロナ禍、自身の体調などを理由に数度の延期を余儀なくされたリサイタルを春の訪れとともに開催した。上野は「プロコフィエフ・ソナタ全曲シリーズ」の第3回でロシア音楽メイン、佐藤は「デビュー15周年記念」の3部構成でバロックから当日世界初演した同時代の新作までを網羅、いずれもありきたりの発表会スタイルとは一線を画す意欲的曲目で、自身の「今」を適確に伝えた。



1)上野優子(2021年3月10日、ヤマハホール)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界拡大を受けて昨年2月26日、安倍晋三前首相が唐突に「イベント自粛要請の談話」を発表して以来、日本のパフォーミングアーツのライヴはジャンルを問わず中止、延期に追い込まれた。上野のプロコフィエフ第3回も昨年3月19日の開催予定が2回延期された後、〝3度目の正直〟として1年後に実現した。


上野のことを指した話ではないにしても、演奏頻度が高いアーティストほど自粛期間のステイホームを持て余し「最初は普段できない読譜とか、奏法の改善に集中できるかと思ったけど、ステージの本番という具体的な目標を設定できないと全然、身が入らない」といった声を日々の取材を通じ、よく聞くようになった。上野の事情がどうだったかは定かでないものの、1曲目のショパン「舟歌」は何となくテンポが定まらず、まさに船酔い風のテンションで音の芯もバラけていたので、「あるいは?」と思ってみたりもしたが、ただの立ち上がりの悪さだったようだ。


長年傾倒してきたロシア音楽で安定を取り戻し、リャードフ以降は満足のいく演奏だった。スクリャービンのソナタではエンジンがかかり過ぎたものの、続く「焔に向かって」で前半を後味よく締めた。後半は全曲プロコフィエフ。2つのソナターー第5番と第7番「戦争ソナタ」の描き分けも徹底していたし、間に置かれた演奏機会稀な3つの小曲の連作「思考」の揺れ動く心理の描写にも感心した。3月10日は1945年の東京大空襲当日、2011年の東日本大震災前日に当たり、「戦争ソナタ」も弾きようによっては「無神経」の誹りを免れないはず。上野の音楽構造をしっかりと押さえ、作品が生まれた(生まれざるを得なかった)時代への視点を備えた解釈はけたたましさを超え、内実のある音楽に仕上がっていた。アンコールは次回(第4回)の予告を兼ね、ラヴェルの「組曲《鏡》から第2曲《悲しげな鳥たち》」「亡き王女へのパヴァーヌ」の2曲が弾かれ、しっとりとした余韻を残した。



2)佐藤祐介(3月12日、東京オペラシティリサイタルホール)

佐藤の場合、COVID-19以前に交通事故に巻き込まれたり、体調を大きく崩したりで精神的にも落ち込み、2019年に予定していた「デビュー15周年記念ピアノリサイタル」を3度延期、今回は図らずも、「復帰リサイタル」の意義が加わった。私が書いたプログラムノートは2年前のままで、書き出しの年号の記載に間違い(部分修正を加えられ辻褄が合わない、笑)があるが、それだけ、長い時間をかけて実現した感慨を伴う。大概のピアノリサイタル夜公演は午後7時開演、15ー20分の休憩1回をはさんだ2部構成で午後9時前後終演のパターンを踏襲するのに対し、佐藤は午後6時30分開演、10分の休憩2回を入れた3部構成で午後9時半終演のロングヴァージョンだった。


第1部が「バロックから古典派」、第2部が「ロマン派」、第3部が「現代」。まずは、前2つの部に現れたモーツァルト「幻想曲ニ短調K.397」、シューマン「《アルバムの綴り》から14曲」、シューベルト「ソナタ第11番」の3曲の〝異形〟ぶりに度肝を抜かれた。ピアノはベーゼンドルファーだから、作品との相性はいい。フォルテの打鍵はごく必要な瞬間にとどめ、中くらいの音量から弱音にかけ、途切れ途切れのように「切ない歌」を奏でる。ピアニシモで音の芯が抜けてしまう傾向がみられたのは、ある種ポジティヴな〝はったり〟(演奏効果を考えた上での誇張的パフォーマンス)の不足とともに、ステージへの「かくも長き不在」の裏返しと思われ、今後、本番を重ねるうち次第に改善されていくに違いない。それでもシューマンに潜む、J・S・バッハのコラール(讃美歌)のエコーをくっきりと浮かび上がらせたり、18世紀から21世紀までを突き抜くシューベルトの破格の前衛ぶりを際立たせたりといった描写において、佐藤が唯一無二の解釈者である状況は改めて確認できた。


第3部、長く弾きこんできた三善晃の「ソナタ」では復活の兆しを強く印象づけた。平山智の「フェイスレス・ピープル第2、3番」はすっきりとクールな感触、中川俊郎の「ピアノ・ソナタ第1番」は手練手管の限りを極めたコテコテのくどさが「病みつきになる」雰囲気と、今回が世界初演に当たった委嘱新作2曲の対照も面白かった。三善でかなり集中したので、できれば中川を三善の前、平山を後で聴いて、ちょっとだけ楽をしたかった(笑)


全体を通じ、やはりこれは佐藤祐介にしか現出させることができない唯一無二、異形の音楽の時間と空間であり、得難いパフォーマーだと痛感した。復活以上の前進を期待したい。

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