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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

草津夏期国際音楽アカデミー&フェスを2年ぶりに訪ねてみると…


草津音楽の森コンサートホールは1991年竣工

草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル(群馬県)は霧島国際音楽祭(鹿児島県)とともに1980年発足、日本国内では最古&最長の夏の音楽祭で、世界の名演奏家が内外の若手を指導する教育的性格も共有する。1980年といえば日本経済が2度に及ぶ石油危機を乗り越え、1988〜90年のバブル絶頂期めがけて最後の高度成長に歩み出したタイミング。一億総中流意識が健在の中、夏の休暇に避暑地を訪れ一流の音楽を楽しみ、若い才能の成長を見守る「善良な市民たち」が多数、草津や霧島、あるいは軽井沢の音楽祭に足を運んだ。1992年にはボストン交響楽団音楽監督だった小澤征爾が長野県に恩師、齋藤秀雄の名を冠した音楽祭「サイトウ・キネン・フェスティバル松本(現セイジ・オザワ松本フェスティバル)」を創設、夏の音楽祭文化は絶頂期を迎える。私は1988〜92年のドイツ駐在中、仕事は音楽と無縁だったが、休暇を利用してザルツブルクやバイロイトの祝祭に出かけた。移動手段はたいがい自家用車で、アウトバーンの長距離ドライブの楽しみとワンセットだった。


日本に戻って30年以上が過ぎた今年の8月も松本を4往復、昨年は訪れる機会を逸した草津を1往復する。車は2004年購入(2003年製)のドイツ車で、8月22日の松本日帰り中に走行距離10万kmを突破するはずだ。過去20年で起きた変化は日本経済の劣化、高速道路の老朽化(特に追越車線の路面が傷んでいる)だけではない。霧島ではゲルハルト・ボッセ、松本では小澤が亡くなり、草津は過去1年間に西村朗(音楽監督)、ヴェルナー・ヒンク(ウィーン・フィル元コンサートマスター)ら指導層だけでなく、カメラマンの林喜代種にピアノ整音師(調律師)の岩崎峻と、長年のスタッフも相次いで失った。敢えて言えば、アカデミーの講師を兼ねる演奏家、指導を受ける音楽学生の新陳代謝は自然現象のようなものだから、大した心配はいらない。問題は聴衆の減少だ。高齢化が進むのは当然ながら、新陳代謝が全くもってうまく進まない。かつて草津を愛され、美智子様がヒンクと合奏に興じられるのが恒例だった上皇陛下ご夫妻の来臨がなくなり、華やかさにも事欠くありさまだ。


ドイツではSDGs(持続可能な社会の実現)に対する意識が極端に高まり、肉も酒も拒むビーガンの食生活、ガソリン車から電気自動車への転換が急ピッチで進む。日本はそれほどではないにしても、高齢ドライバーの事故が多発、若い世代は運転免許証や自家用車の取得自体に関心を示さない。草津のホールの駐車場も整理員が出て懸命に誘導、何とか満車に対応していた往時が嘘のように空いている。草津自体は人気を盛り返し、温泉街に若いカップルが溢れているが、山の中腹の音楽ホールにまでは足を伸ばさない。何が主因だろうか?


私は今年の草津で週末開催の大がかりなアンサンブルやウィーン・フィルのスターを避け、8月19日に中堅世代のオーストリア人ピアノ奏者クリストファー・ヒンターフーバー(ウィーン国立音楽大学教授&ピアノ学部長)、20日にイタリア人チェロ奏者のエンリコ・ブロンツィ(ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学教授)の演奏会を聴く1泊2日の日程を組んだが、いずれも満席ではなかった。


ヒンターフーバーはホール備え付けのベーゼンドルファーやヤマハCF3ではなく、ヤマハの最新モデルCFXを持ち込んでのウィーン・プログラム。モーツァルトのソナタK.281の端正さ、カリーン・アダム(ヴァイオリン)とブロンツィの共演を得たペルトの「モーツァルトーアダージョ」でみせた室内楽への適性には感心した。半面、ベートーヴェン「テンペスト」とシューベルト変ロ長調D.960といった構えの大きいソナタではテンションが上がり過ぎ、強烈過ぎる打鍵が生む音の混濁、記憶クランチによる同一パッセージのあり得ない数の反復など、意外なほどの弱点をさらけ出した。


ブロンツィは同国人で草津常連の鍵盤奏者2人、ブルーノ・カニーノ(ピアノ)とクラウディオ・ブリツィ(チェンバロ)にアダム、高木和弘(ヴァイオリン)、般若佳子(ヴィオラ)、大友肇(チェロ)ら日本人弦楽器奏者も交えたアンサンブルでバッハ父子やベートーヴェンの作品を並べ、今年のテーマ作曲家モーツァルトを外側から眺めるユニークなプログラミングで真価を問うた。ブリツィの奔放過ぎる?チェンバロに振り回され、形がなくなってしまったJ・S・バッハのガンバのためのソナタ(BWV.1029)を除けば、どれもヒューマンな生気に富んだ名演であり、今後の草津への貢献にも期待をつないだ。


音楽は生きている、完成度がすべてではない、と改めて思えた点では、草津のアカデミー兼フェスティヴァルにふさわしい2公演に立ち会うことができたといえる。それだけに、客席の寂しさが残念に思えてならない。母体となる公益財団法人群馬草津国際音楽協会、草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル実行委員会の幹部リストが公演プログラムの巻末に載っているが、平均年齢はかなり高く、これから何か、リスク覚悟で新たな集客策に打って出る気配はあまり感じられない(間違っていたら、ごめんなさい)。何より大事なのは発展を伴った継続であり、いつまでも草津の夏を彩ってほしい。6年後に控える50周年に向け、そろそろ思い切ったリニューアルを施す時機が来たのでないかと老婆心ながら思った。





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