「東京」の名を冠したプロ・オーケストラは古い順に東京フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、東京都交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団とあるが、1990年創立の東京ニューシティ管弦楽団、2019年に発足、翌年に定期演奏会を開始したばかりの東京21世紀管弦楽団も急速に存在感を増している。21世紀とニューシティが2021年4月9日、10日と2日続き、同じ東京芸術劇場コンサートホールで行った定期演奏会を聴いた。
1)東京21世紀管弦楽団第3回定期演奏会(浮ヶ谷孝夫=音楽監督=指揮)
ウェーバー「歌劇《オベロン》序曲」
ハイドン「チェロ協奏曲第1番」(独奏=上村文乃)
ブルックナー「交響曲第4番《ロマンティック》」
「本日の出演者」にはコンサートマスターに藤原浜雄(読売日本交響楽団)、首席ヴィオラに中山良夫(東京都交響楽団)、首席クラリネットに磯部周平(NHK交響楽団)、ティンパニに森茂(日本フィルハーモニー交響楽団)…と在京オーケストラOBの懐かしい顔が目立つ。彼らの老練なリードが若手奏者に刺激を与える図式と、長くドイツで活動する浮ヶ谷の古風なカペルマイスター(楽長)流儀が巧く噛み合い、アンサンブルは重心が低く、くすんだ音色の個性をすでに備える。昨年11月の第2回定期でも確認した特色なので、浮ヶ谷の目指す音の表現世界に違いない。
「《オベロン》序曲」のオペラを予感させる高揚感、旧東独(ドイツ民主共和国)の音楽学者が手を入れた原典版に基づくという「《ロマンティック》交響曲」に広がるオーストリアの素朴な田園風景の空気感は長く、コツコツと1つの流儀を究めてきたカペルマイスターの美点をはっきりと示していた。ブルックナーは早めのテンポにもかかわらず、ハース版やノヴァーク版では省かれた部分(とりわけ静かな自然観照というか、室内楽的でゆっくりした楽句)をたっぷりと温かく奏で、味わい深い音楽に仕上げていた。12型(第1ヴァイオリン12人)編成にもかかわらず弦は豊かな響きを保ち、健闘する金管に埋もれることはなかった。ハイドンを独奏した上村も技を前面に出すのではなく、オーケストラと響きの調和をとりながらじっくりと歌い込む行き方に徹し、素晴らしいアンサンブルの妙を聴かせた。
2)東京ニューシティ管弦楽団第138回定期演奏会(大友直人指揮)
芥川也寸志「弦楽のための三楽章《トリプティーク》」
プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」(独奏=清水和音)
シベリウス「交響曲第6番」「交響詩《フィンランディア》」
今年4月に飯森範親がミュージック・アドヴァイザー(2022年4月以降は音楽監督)に就き、急速に新しい展開をみせるニューシティ管。指揮の大友は、ミュージック・マスター・コース・ジャパン(MMCJ)の創設音楽監督を拠点に、次代のオーケストラ奏者を育てる教育者の顔も持つ。MMCJは「室内楽を中心に研鑽を積み、明日を担う若い音楽家を世界から招き、密度の高い音楽創造の場を日本に作ろう」と、大友がアラン・ギルバートと組んで2001年に立ち上げた。日本の作曲家の旧作と影響を与えたヨーロッパの作曲を組み合わせたり、7曲あるシベリウスの交響曲で「最も解釈が難しい」とされる第6番の後にわかりやすい《フィンランディア》を置き、次第に演奏時間を短くして行ったり…と、日本フィル創立指揮者でフィンランド人を母に持つ渡邉曉雄のアイデアを現代に蘇らせるプログラミングともども、大友は若いオーケストラを啓蒙的に育成するとの視点をはっきりと打ち出した。
コンサートマスター執行恒宏の優れたソロも聴けた芥川の弦楽合奏曲の生気と引き締まったアンサンブル、余韻を大切に奏でた交響曲とオーケストラの潜在能力を極限まで輝かしく引き出した《フィンランディア》の対照など、オーケストラ・トレーナーの優れた手腕が随所に発揮された。清水のピアノは管弦楽の大音量に埋もれたりせず、日本を代表するヴィルトゥオーゾ(名手)の貫禄で圧倒した。協奏曲での大友の〝付け〟の上手さには定評があり、長く共演してきた清水とも絶妙の呼吸で、マスターピース(傑作)の醍醐味を満喫させた。昭和の末期から平成にかけて日本の音楽界で大活躍、ともに還暦(60歳)に至った2人と新興オーケストラの共演には、優れた音楽イベントに止まらない教育効果も大きかった。
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