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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「庄司紗矢香さんに〝一目惚れ〟して7年です」~オラフソンにインタビュー!


新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策で課せられた14日間の東京都内隔離の時機をとらえ、zoom(Web会議サービス)によるインタビューを行った。

ーー2018年を最初に、4度目の来日だそうですが、COVID-19に振り回された今回が一番大変だったのではありませんか?

「はい。日本に来るまでのプロセスはとても複雑でしたし、大きな犠牲も払いました。本当は今ごろアメリカにいて、作曲家のジョン・アダムズが指揮するクリーヴランド管弦楽団と共演していたはずですが、紗矢香さんとのデュオを優先すると決め、キャンセルしたのです。主催のジェスク音楽文化振興会と駐日アイスランド大使館の皆さんの多大な骨折り、支援を受け、ようやく東京にたどり着きました」

ーーそれほどまでに重視する庄司紗矢香さんとのデュオ、共演歴は長いのですか?

「7年前の2013年、ノルウェーのスタヴァンゲルの音楽祭が初共演です。即座に彼女の弦のサウンド、音楽のパーソナリティーに魅了されました。一目惚れです。以来『もっと共演したい』と思い続け、かつて私が企画していたアイスランドやスウェーデンの音楽祭にも招きました。今や最も〝お気に入り〟のヴァイオリニストであり、共演はいつも特別で真剣な音楽の機会です。表層的に見せつけること(ショウオフ)には目もくれず、一気に核心へと深く迫り、作曲家の内面世界を〝語り〟続ける確信があります。ほの暗くニュアンス豊かな響きは無限の音色の変化を伴い、1つのフレーズから100通りの異なる音を引き出し、どこ1箇所も乾いた繰り返しにはなりません」

ーー音楽のケミストリー(化学反応)は、どのような場面で最大限に起こるのでしょうか?

「2018年の初来日では紗矢香さん、ヴラディーミル・アシュケナージ指揮のNHK交響楽団とメンデルスゾーンの《ヴァイオリン、ピアノと弦楽合奏のための協奏曲》を共演しましたが、この編成の協奏曲は他にベルクが目立つくらいで、数が多くありません。室内楽も三重奏、四重奏…と数が増えるほど人間関係も入り乱れ、音楽の密度を維持するのが一苦労です。やはり最も個人的に緊密、深い〝対話〟を繰り広げられるデュオこそ、私たちにふさわしい室内楽の形態だと思います。ケミストリーに関していえば、ヴァイオリンとピアノは完全に対等です。昔の大ヴァイオリニスト、例えばヤッシャ・ハイフェッツはレコーディングの際、ピアノの蓋を閉じるように命じましたが、ベートーヴェンやブラームスが楽譜に『ピアノとヴァイオリンのためのソナタ』と記した事実に照らせば、明らかな間違いでした。ピアノは〝伴奏〟ではなくヴァイオリンの完璧なパートナー。今回、日本の聴衆の皆さんは約8,500km遠方に位置する人口35万人の国アイスランドから来たピアニストと、自国のヴァイオリニストの組み合わせを通じ、それぞれの芸術、対話がもたらすケミストリーの両面を楽しまれることになるでしょう」

ーー箸休めのように置かれたプロコフィエフの佳曲の他はJ・S・バッハ、バルトーク、ブラームスとイニシャル「B」の作曲家3人が並んだプログラム。日本で「3大B」といえばバルトークの代わりにベートーヴェンが入ってドイツ音楽で固めるのが普通ですし、とりわけ今年(2020年)はベートーヴェンの生誕250周年なのに、あえて外されたのですね。

「毎年、誰かしらのアニバーサリー(記念年)があります。私のレパートリーでは、2年前がドビュッシーの没後100周年に当たりました。どんなにお祝いをしようと、作品を大量に演奏しようと、作曲した本人は亡くなって久しいのですから全く無意味です。私はこうした自動的(オートマティック)な発想に興味がありません。100年前、50年前…と時間が経過した作品も、完成したての新作も、全ての作品を新鮮に演奏することの方がはるかに重要です。COVID-19が拡大する前の時点から、私の今年の演奏スケジュールはベートーヴェンに完全に背を向けていました」

ーーバッハの次に即バルトークを置くことで、天界の響きが地上へと一直線に降りてくるような両者の音楽の根源的結び付きが、より鮮明に浮かび上がるのではないかと期待します。

「両者は音階の特徴、バッハにとってはイタリアやフランスの音楽、バルトークにとっては東欧のアジアの響きといった異文化の引用を対旋律に生かす書法でも共通しますね。さらにブラームスはバッハを非常に尊敬し、ピアノ・パートの和声感などに明らかな影響があります。バッハ、ブラームス、バルトークの3人は鍵盤楽器の名手でもありましたが、ヴァイオリンにも強い興味を示し、全員が鍵盤楽器とヴァイオリンのためのソナタ、複数のヴァイオリン協奏曲ーーブラームスの場合は《ヴァイオリン、チェロのための二重協奏曲》もカウントしてですがーーを残しました。後世のあらゆるジャンルに影響を与えたという点で、バッハは音楽史におけるシェイクスピアのような存在です。また、3人のヘヴィーな作品の間にプロコフィエフの5曲からなる小品集を置くのは、良いアイデアかと自負しています。ドビュッシーのピアノ曲に似た響きを持つ作品ですが、調性が破壊された後の時代に敢えて〝メロディー〟と名乗ること自体が、20世紀の大きなチャレンジでした。元の歌曲が書かれたのは1920年、バルトークの《ソナタ第1番》が1921年ですから、ちょうど1世紀前の同じ時期に生まれた作品が並ぶことになりますね」

ーーCOVID-19拡大でアイスランドをはじめとするヨーロッパ各地でロックダウン(都市封鎖)が続いた時期、BBC(英国放送協会)の「ラジオ4」で続けたという無観客のライヴ演奏に興味を覚えました。

「毎週金曜日の午後7時から10分間、12週連続でした。毎回、聴きやすい小品1つを選び、ホスト役と2人で楽曲解説のお喋りをした後、演奏に入ります。アイスランドの首都レイキャビクにある響きの良いホールの舞台には私だけ、客席は空っぽです。見渡す限り私1人なのに、毎週100万人以上が聴くという素晴らしい矛盾(パラドックス)! 自分の演奏歴上、最大の聴衆数を記録しました。自粛期間中、コンサートはキャンセルされても自分が制作に携わっているラジオ、テレビの番組は続いていましたから、それなりに多忙だったのです。日本で14日間の待機期間を授かり、独りゆっくり読譜やピアノの練習ができるのは別の意味で、素晴らしい休暇になりました」

ーーコンサート本番が、ますます楽しみになってきました。

「紗矢香さんとは長年デュオを続け、今回はたっぷりリハーサルもできるので、言い訳(エクスキューズ)は通用しません。クリスマスに向け、最高の室内楽のプレゼントをお届けするつもりです。個人的には23日の深夜に乗り、イヴの日にはレイキャヴィクに着くはずだったフライトがキャンセルされ、1人ぼっちのクリスマスを東京で迎えます。妻と生後16か月の息子には、お詫びの品(ソーリー・ギフト)を買って帰らなければなりませんね」

ーーどうか、ゆっくりとお過ごしください。ありがとうございました。

(聞き手&翻訳は池田卓夫=音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)



ヴィキングル・オラフソン VÍKINGUR ÓLAFSSON
1984年アイスランド生まれ。2008年にジュリアード音楽院のロバート・マクドナルドのクラスを卒業。ジュリアード・オーケストラ、アイスランド交響楽団などと共演した。オックスフォード大学とレイキャヴィク大学から音楽のマスタークラス指導者として迎えられただけでなく、クラシック音楽の新しい扉を開くことを目的とした学生のためのアウトリーチ・リサイタルも開いている。これまでに5つのピアノ協奏曲を世界初演。音楽を広めるためのメディア出演、プロデュースにも積極的で、アイスランド放送では約10本のテレビシリーズ「音楽エピソード」を制作した。2012年にはレイキャヴィク・ミッドサマー音楽祭を創設して芸術監督に。2015年にはスウェーデンのヴィンターフェスト音楽祭の芸術監督にも就いた。アイスランド音楽賞、アメリカン・スカンジナヴィア社会文化賞、ジュリアード・バルトーク・コンクール賞、ロータリー財団文化賞など、すでに多くの賞も授かる。レコーディングではユニバーサルの「ドイッチェ・グラモフォン=DG」レーベルと専属契約を結び、3枚のアルバムをリリース。その総ストリーム数は1億2500万回を超えている。

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