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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

リサ・井出・カルリチェクと、ワルター

更新日:2020年6月28日

クラシックディスク・今月の3点(2020年6月)


「シティ・ライツ」

リサ・バティアシュヴィリ(ヴァイオリン)

ニコロズ・ラクヴェリ(指揮&ピアノ)ベルリン放送交響楽団、ジョージア・フィルハーモニックほか

2019年に生誕130周年だった喜劇王チャップリンは自らチェロを奏で、作曲した。トラック1に収められた「シティ・メモリーズ」は「ライムライト」「街の灯」「モダン・タイムス」の映画音楽からなる組曲。1979年に旧ソ連グルジア(現ジョージア)生まれのリサ、同郷のラクヴェリがチャップリンについて語り合ううち「音楽による世界旅行」をコンセプトにしたアルバムのアイデアが生まれた。〝総論〟に当たる「シティ・メモリーズ」が終わるとミュンヘン(J・S・バッハ)、パリ(ミシェル・ルグラン)…とリサが演奏して回った街々にちなむボーダーレスな音楽が気の利いたアレンジとともに続き、最後はジョージアの首都トビリシ(ラクヴェリによるギヤ・カンチェリ作品の主題によるメドレー)に帰着する。DG(ドイッチェ・グラモフォン)レーベルには以前、韓国人ソプラノのスミ・ジョーによる同様のコンセプトのアルバム(空港で撮影したジャケット)があったが、リサの〝越境〟ぶりは、さらに徹底している。日本人にとっても国外渡航が極めて困難となってしまった今、せめて音楽を通じて世界の色合いの違いを味わいたい。

(ユニバーサルミュージック)


バルトーク「ピアノ作品集」(「15のハンガリー農民の歌」「戸外にて」「ルーマニア民俗舞曲」「ピアノ・ソナタ」ほか)

井出久美子(ピアノ)

バルトークのピアノ独奏曲では今年1月、若手の大瀧拓哉のアルバム「ベラ・バルトークとヴィルトゥオージティ」(仏SOLSTICE)を紹介したばかりだが、また1点、全く味わいを異にする日本人ピアニストの素晴らしい新譜が現れた。井出久美子。桐朋学園からハンガリーのリスト音楽院に留学、師事した人々として田中希代子、三善晃、シェベック・ジェルジらの名前が挙がっているので、すでに円熟の域に達した演奏家だ。ソナタの自筆譜を手に入れて「音符たちは農民の歌の中から選ばれた音だったのではないか」と気づき、「農民音楽への深い敬愛と洞察の軌跡をたどってみたいと思った」。自然界を愛し、動植物や昆虫とも〝会話〟できたというバルトークの息遣いが聞こえてくるような、肉声の響きを伴った演奏だ。2019年3月12日、6月26日、東京、三鷹市芸術文化センター「風のホール」でセッション録音。

(ディスク クラシカ ジャパン)


「カルリーチェク・セクエンツァ ライヴ・イン・松本Ⅱ」

カルリーチェク・セクエンツァ:ヨゼフ・カルリーチェク(チェロ)、ペトル・カルリーチェク(ピアノ)、マルティン・カルリーチェク(ピアノ)

アラン・レネ監督のフランス映画「去年マリエンバードで」(1961)でも知られるチェコの温泉地マリエンバードに生まれ育ったピアノ2人とチェロの3兄弟。現在、ヨゼフはドイツ、ペトルはオランダ、マルティンはカナダを本拠とするが、2018年には母国のマリアーンスケーラーズの街で音楽祭「カルリーチェク・セクエンツァ」を立ち上げた。本来「セクエンツァ」は「ある楽句を旋律的、和声的に音高を変えながら(少なくとも3回)反復すること」を意味する音楽用語だが、彼らは3兄弟それぞれが力を発揮するチーム名とした。マルティンの妻は日本人ヴァイオリニストの白石茉奈。「デュオ・ヴェンタパーネ」としても活動する縁で3人それぞれ、日本でも定期的に演奏している。2019年7月19日、長野県松本市のザ・ハーモニーホールで開いたセクエンツァの演奏会のライヴ録音ではヨゼフがマルティンとドビュッシー、ペトルとR・シュトラウスそれぞれの「チェロ・ソナタ」を弾くのがメイン。ラフマニノフの「ピアノ4手のための6つの小品」、R・シュトラウスの「チェロとピアノのための《情緒ある風景》より《さびしい泉のほとり》」といったレアな作品も聴ける。冒頭、マルティン独奏のスメタナ「6つの性格的小品《夢》から第6番《ボヘミア農民の踊り》」を聴いた瞬間、中欧に広がる豊かな音楽的土壌の健在を強く意識した。

(ナミ・レコード)


               ☆   ☆   ☆


特別編:ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルのモーツァルト&マーラー

ハンガリーやチェコ(ボヘミア)を含むハプスブルク家の旧オーストリア帝国の中欧文化圏は、確かに豊かな音楽の系譜を記してきた。とりわけ帝都ウィーンは「音楽の都」の名声をほしいままにして域内最高の才能が集い、豊穣な音楽史を今も紡ぐ。ドイツのベルリンに生まれた指揮者ブルーノ・ワルターもウィーンに憧れて現れ、作曲家&指揮者のグスタフ・マーラーの薫陶を受け、ウィーン国立歌劇場の監督まで上りつめた。ユダヤ系だったため、1938年にアドルフ・ヒトラー総統率いるドイツのナチス政権がオーストリアを併合すると米国へ逃れた。ナチスの崩壊とともに第二次世界大戦が終わると、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はワルターの復帰を熱望、マーラー追悼演奏会やモーツァルト生誕200年祭閉幕演奏会といった特別の節目に客演を要請し、オーストリア放送協会(ORF)がライヴ録音に収めた。1975年、日本のCBSソニー(現ソニーミュージック)が「215通の手紙、78回の国際電話、113通の電報と5年の歳月」を費やしてORF、ウィーン・フィルと専属契約があった英デッカ(現ユニバーサルミュージック)との交渉をまとめた。1952年ムジークフェライン(楽友協会)ザールの「交響曲第40番」、1956年ザルツブルク音楽祭の「同第25番」のト短調交響曲2つと1956年ムジークフェラインザールの「レクイエム」からなるモーツァルト、1948年ムジークフェラインザールのマーラー「交響曲第2番《復活》」の4曲&LP4枚分の音源を日本で発売。高校生だった私も金持ちの友人にレコードを借りて「40番」を聴き、みなぎる生気、ポルタメントを巧みにかけテンポを大胆に動かす即興性などに息をのんだ記憶がある。


ソニーミュージックは昨年から今年にかけて、米国で最新のDSDリマスタリングを施したブルーノ・ワルター全ステレオ録音SA-CDハイブリッド・エディション」をCD/SACDハイブリッド盤ボックスとして世界発売したが、特別編のモノラル録音「ウィーン・フィル・ライヴ1948−1956」は日本独自の企画。ソニーミュージック静岡工場に保管されていたORF提供のアナログ・マスターテープを慎重にリマスタリング、3枚のハイブリッド盤にまとめた。初発売から45年を経て、ようやく自分のコレクションに加わった「世紀の録音」は新録新譜ではないので「3点」には含めず、別個に掲載した。

(ソニーミュージック)


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